サンプル・キティ

生活感溢れる日常に入り込む超能力


作者 明智抄
巻数 4巻
あらすじ 一児の母、平凡な主婦の小夜子。しかし彼女が持つ遺伝子は平凡ではなかった。
彼女の持つ能力を利用したサンプル計画を目論む組織、様々な能力を顕現させるサンプル達。自分の持つ力を知らず利用されていた小夜子と、出生前から力を理解していたサンプルF。彼らの行方と未来は──

 

最初に読んだ作品次第でシュールギャグかSFか、どちらかの印象が強くなる作者。どちらも好きですが、本作は少女サイキック物。
この「少女漫画+サイキックSF」は、古代から未来、日本から外国や架空の世界まで結構な数がある。しかし舞台を現代日本に絞ったら、本作は相当上の位置に置けるはず。
大きく当たらない限りはマイナーなジャンルだし、古い作品ということもあって埋もれがちですが、もっと沢山の方に知ってほしい作品です。

二部形式で、まずは小夜子編。一児の母で専業主婦の小夜子の、ごく普通の庶民的な日常とサイキック戦争の融合。
こんな作品はなかなかお目にかかれない。戦争していてもお腹は空くし、明日はごみ出ししなくちゃいけないもの。
そりゃそうだけどフィクションでは端折るところ。それを、普通に当たり前に描いている。
特に丁寧というわけでもなく、日常ってのはこうだからといった描写。作者の地に足付いている感が現れる。

沖本家の夫・泰之、妻の小夜子と子の香苗、お隣に住む二宮くん。ごく普通なアパートの生活、今日のごはんはヤキソバ。
怪しい二宮くんとエリー博士の組織は能力者を作り出し利用する側、泰之とその両親は能力者を排除しようとする組織。
夕食の献立を考える平凡な時間に、組織間の能力者バトルが入り込んでいく。生活感溢れる日常に入り込む超能力。バシッと切り替わるのではなく、状況が溶け込んでいるのがとても独特な間でユーモラス。

引用「サンプル・キティ」1巻
(明智抄)より
主婦業って大変。イライラした小夜子と、
その感情から発露した力に影響を受ける周囲

エリー博士の組織はサンプルを増やしていく。小夜子の兄がサンプルA、小夜子はB。二宮くんはサンプルD。そして産まれた子はF-2。サンプルCとF-1はどうなったのか。
強いサイキック能力を持つ小夜子の兄が全ての始まりで、小夜子がいたから計画された悪魔の所業。そんなことを知らない小夜子、小夜子を取り巻く人々、小夜子の知らない小夜子の子たち。
何かを感じながらも専業主婦として暮らしてきた小夜子は、こんな力は欲しくなかった。
兄と普通に過ごした戻らない日々や、小さな香苗との穏やかな生活。そんな日常を重ねていくだけでよかった。
関わったサンプル以外の一般人の記憶を修正し、今夜もヤキソバを作る平凡な日に戻る。不穏な空気を残して小夜子編は終了。

小夜子編はサイキック・バトル。
前振りにある猫の品種の掛合わせに関するシーンがほのめかすように、血縁の能力者同士のパワーバトルで締め括られます。
もしわかりにくいところがあったとしてもそのまま進んで大丈夫、二部を読んでいるうちに不明点が明かされる。
二部のフェアリィ編は『郭公な私たち』の副題が付いています。郭公=托卵を連想しますが、そのとおりなお話し。香苗が高校生に成長していて、母の小夜子も出てきます。

小夜子編が母からの無償の愛ならば、フェアリィ編は子が母に求める愛。
小夜子が終わらせたと思っていた一連の出来事は、まだ終わっていなかった。
そこにいた者を抹消したのではなく、同じ質量の別の存在と入れ替わっただけだった。それをしたのは小夜子なのか、それとも・・・

フェアリィ=和子。小夜子の存在も出来事も知らずに育ち、若い母のあずさと、カバに似た容姿の和子と父の三人家族。写真もカバ親子だし誰もがそう認知しているのに、和子には美少女と金髪の外国人に見える。
和子をカバと見ている同級生の中に、美少女と外国人に見えている同級生の存在が。
彼女は香苗。そう、小夜子の子。沖本の子と知った和子の父=エリーは香苗を警戒するよう諭します。
「逃げてきたかいがない」と。
ここで、カバに見せているのは和子の能力であり、本来は美少女と外国人のビジュアルであることが判明。和子だけに見える思い込みではなくて、能力で周囲を誤認させている。
この力の恐ろしいところは、外見だけではなく記憶まで変質させるところ。
カバの父は組織にいたエリー・ライナー博士。F-2が自分を見てほしいと執着していた男性。和子はF-2。エリー博士が期待していた能力の持ち主。
日常的に無意識に力を使い続けることでF-2の力を常に使い果たしているのか、この時点での和子には能力者の自覚は無く、小夜子のことも覚えていません。

引用「サンプル・キティ」2巻
(明智抄)より、カバ親子と美形親子。
左が本来の姿であるエリー・ライナーとフェアリィ。
右は福島義和と福島和子として周囲に誤認させているビジュアルであり、本当は存在するはずだった福島親子の外見

フェアリィ編は小夜子編と比べると生活感が薄いんだけど、そりゃー主人公が専業主婦から女子高生になったからね。そのかわり高校生らしい日常が見られます。お昼休みのきゃっきゃした風景、親と行動する煩わしさや、友人宅へ遊びに行く楽しみ。
だからって沖本家に行くんじゃない。

小夜子に会った和子は特に感じることもなく、しかし香苗の妹からは「どうして二人いるの?」と言われ、帰宅後に父の誕生祝いについて母・あづさと話しながら、父=エリーの「産まれた日を思い出す」和子。
知らないはずの記憶を持つ和子はエリーに自分自身のことを問いただし、ここでそれまでの経緯を知らされます。
同時に読者は小夜子編のダイジェストと出生関係のおさらいができるので復習してください。

F-2は小夜子から逃げるために空間も時間も飛んで、親子を入れ替えた。
巻き込まれたと感じながらもF-2のためにこの生を生きようとしてきたエリー。
その生き方をよりによって和子=F-2に否定され、エリーは思わず和子に怒りをぶつけてしまう。
無意識とはいえ自分のしたことでエリーが苦しんでいる。ショックを受けた和子は、またしても無意識で徐々に周囲を修正。
コントロールできないなりに、大きな方向性は自身の思考が影響することを感じ取ったのか、
エリーを自分のものにするために「カバ親子」から「美少女と外国人親子」そして「義理の親子」へとどんどん関係性を変えていく。
変質させているのにそれ以前を思い出すひとがいることに不安を感じつつも、エリーとの関係を恋人同士にまで誤認させ、エリーを、そして母・あづさを、全てを破滅へ追い込んでいく。
このあたりの、先が見えない不安と期待の両方を持つ和子の揺れというかブレが、思春期の不安定さをよく表している。若さゆえの自己肯定感や万能感が強いところもちゃんと出ている。女子高生はいつの時代も最強の存在だ。

自分で親子関係を壊す行為をしたことでパニックになり、またしても時間と空間を飛んだ和子。
利己的で子どもの精神のままだった和子、エリーが好きな気持ちが強すぎて他に気付かなかった和子は、違う場所にいる幼いサンプルBと未来で暮らす現実のサンプルB=小夜子に会って、重要で大事で、素敵な事実を認識することができた。
その事実を大切にするために自分自身に潜って記憶を遡り、そしてまたエリーと出会う。
一抹の不安を残しつつも最終的にはサンプルたちの大団円、で締め括られます。

3巻後半からは実在しない存在が複数人出てくるので少々混乱するかもしれません。
このカオス状態を一言でまとめれば『母の愛』。
小夜子とあづさは形こそ違えど正しい母の愛。
ではフェアリィ=和子はどんな形の愛になるのか?最後に判明しますが、スマートな力業とでも言おうか。

本作のエリー博士、エリー・ライナーがまた複雑な存在になっています。
4巻で出てくる「エリー・ダッシュの影」、これはどの立ち位置なのか。
香苗たちが居る時間のエリーは「死んでいるが思考も会話も可能な状態に時間を止められている」存在。実際のエリーは、昔に小夜子が暴走したときにすでに死んでいたと思われます。
エリー・ダッシュ(影)はフェアリィの記憶を知るために未来からきた存在。影なだけに実体ではなく、彼はフェアリィの中に入ってしまう。
過去のビジュアルとして出てくる子どものエリー。本作では幸せな子どもの記憶をただ見るだけ。
なんで子ども時代のエリーが出てくるのか、それはフェアリィが時間を飛んで子どものエリーに会っていたから。
最後のエリーは、和子が作ったエリー。このエリーにもサイキック能力があります。
あのときのエリー・ダッシュ(影)は『このエリーのダッシュで影』ということは、遠くない将来に何かが起きるのか。

引用「サンプル・キティ」4巻
(明智抄)より、様々なエリー

ワンクッション置かずに読み切りの『ウンババ』に入ってしまうと余韻が台無しになるので、ラストまで行ったら一度手を止めましょう。いやウンババ好きだけど。

本筋から離れすぎずに同級生の高倉くんが活躍します。
和子が面白い顔をしているのに一瞬美少女に見えたことから、和子を気にかける男の子。
恋愛モードが上がりきって「太くて背中に腕がまわりきらないけど そんな理由でせつないわけじゃない」
なんてモノローグにキュンとくる。
恋愛モードかと思えば、デートの日の夜に高倉くんの部屋に血塗れで現れた和子。途端に日常を壊すサイキック。この和子は「いつ」の和子なのか。
サンプルに関することを全く知らない男子にしたことで、女子高生の和子を存在させ、恋愛物のニュアンスも入りました。
他にも同級生の小さなエピソードがいくつか入るけど、遠距離の彼と文通するために便箋を選ぶとか。若い子が文通で愛を育むという行為は絶滅しただろう。

引用「サンプル・キティ」2巻
(明智抄)より
恋は盲目な高倉くん

諸事情あったのでしょうが個人的にはもっと世に出てほしかった作者。
クリエイターの種別は多数あれど、他の作家業に比べて漫画家の早逝は多く感じます。
白泉社時代に単行本化されたものは全部読んでいると思いますが、いつしか処分したものも多くて、何故か思い出すのは何かの単行本に収録されていた小文。夏とピーマンの情景が目に浮かぶ素敵なエッセイでした。インパクト強かったのは始末人の生さんま。

ティーンと主婦が主人公で日常を舞台としておきながら、簡単な遺伝子操作やサイキック、記憶の改ざんや誤認、自己内へのダイブなどといったSFが満載な本作。
不可思議な夢の中のような表現で描かれるインナースペースは表現も綺麗で不快感は無く、画面上は少女漫画の域から出ることはありません。
大御所たちの過去の発表作品ばかりがいまだに名作として語り継がれますが、少女SFモノの傑作として本作を扱ってほしい。

本作は『砂漠に吹く風』『死神の惑星』まで繋がる、生活感溢れる壮大なサーガの始まり。
『死神の惑星』はWikiだと未完となっていますが、とりあえずキリのいいところでまとまっています。
続編というよりはパラレル的なもので、本作に出てくるエリーの、違うエリーが存在する世界とでも捉えればいいかな。舞台は宇宙に変わっていきますが、日常とSFの融合は相変わらず。
なので内容が繋がっているわけではないのですが、こちらを読んでからのほうがより面白く読めるはず。
続けて読んで明智抄ワールドに嵌ってください。