山賊ダイアリー リアル猟師奮闘記
コミカルでリアルな猟師の等身大
作者 岡本健太郎
巻数 7巻(続刊あり)
あらすじ 漫画家の岡本健太郎は地元岡山で免許を取得し猟師デビュー。
初猟や先輩達との交流、獲物の解体や調理、ご近所での活躍から幼いころの思い出も。猟師の目線で描く日常風景。
猟師という職業をメジャーにし、猟漫画を増やし、若い猟師の増加を後押ししたのは本作の力が非常に大きい。
猟に関する漫画は、本作以前では矢口高雄先生の『マタギ』くらいしか思い浮かびませんが(他にもあったら失礼)、本作以後は増えたように思えます。
農業エッセイ牛漫画や変態大量金塊探し漫画の力もありますが、猟師そのものに焦点を当てたのは本作だけ。「狩って食す」という行為を、グルメにも寄らず崇高にも残酷にもせず、猟師の日常を淡々と重ねていく作品。
作者が主人公のリアルエッセイ。実際の体験経験が多く描かれているのがわかります(が、一応フィクション扱い)。
初回がウサギを仕留めて唐揚げにする話で、この時点で読み手のふるい落としがされている。この話でダメな人は読まない方がいいし、興味を持つ人は最後の7巻まで楽しく読める。私は断然興味を惹かれて、当時連載していた雑誌を継続購入する理由にもなりました。
全く接点が無く、一生接することがないかもしれない猟師という人々。そんな猟師の等身大を、コミカルだけどリアルに教えてくれます。
作中では免許取得の流れが紹介されます。主人公が取得した免許は『空気銃』と『わな』。狩猟方法が違うんだから免許も違って当然なんだろうけれど、本作を読むまで気付きもしませんでした。
受験会場の雰囲気や銃の購入や保管といった、経験者以外には全く不明な部分が描かれていて実に面白い。
試験の回を読むに難易度は低そうで、実際に合格率は80%程度とのこと。運動能力について試験内容を確認してみたら「四肢の屈伸、挙手および手指の運動等が可能であること」でした。学力も体力等もそれほど必要ではなく、試験合格の難易度は低そう。
ビーム射撃とか当時の主人公も知らないくらいだから、私も当然知りませんでした。今はこれを題材にした漫画もありますね。
免許取得に関する情報は断続的に載っていて、1巻の時点で免許取得シーンはありますが、実際に受けた試験の描写は3巻で紹介されます。
銃を所持するんだから当然なのでしょうが、警察が自宅訪問してガンロッカーの確認をしています。
作品内にあるように、猟師とは警察=国から銃の所持を許可された人たち。そんな目線で考えたことなかったけど、そういやそうだな。

3巻(岡本健太郎)より
体力検査(左)とガンロッカー確認(右)
免許取得までは容易かもしれない、でも『銃の所持』のハードルは高い。
犯罪歴が無いという部分は大概のひとならクリアできるけど、ガンロッカーの設置や警察の訪問はけっこう面倒そうだし、ご近所の聞き込みまであるとなると抵抗がある。
しかし銃を所持しているということは、前科も無く思想信条に問題も無い人間であると国家からお墨付きをもらっているわけですね。
猟銃店での買い物や射撃場の回も興味深々。店内を知る方も当然いるでしょうが、一般的にはまず入ることのない店舗。空気銃の種類とか弾の値段とか、知らないことばかりどんどん出てくる。空気をこんなんして入れるんだー。
主人公は罠免許もあるため、罠を作るところも細かく載っています。
罠って、これを読むまでは鉄カゴみたいなやつとかトラバサミとかの認識でした。実際にはカゴ罠は高価とのことだしトラバサミは現在は違法だし、実用的な罠は手作りだとか。
ワイヤーの金属臭を取るための事前準備という、本当に一番最初のところから始まります。
罠に獲物が掛かったとき、それを仕留めるときの興奮が、喜びだけではないところがリアル。
銃での猟と違って、罠そのものでは獲物は絶命しない。自らの手で獲物の命を終わらせることの逡巡が描かれます。
表現は最小限で簡潔にし、重いテーマや議論になりそうなところは上手にスルーできている。
獲った獲物は放置せず最後まで自らで扱う、ということを信条としているようで、獲物を回収すべく冬の湖に裸で入ったり、崖下に落ちた獲物はその崖を降下して回収したり。
降下時のロープの結び方とか、読んでいると日常では必要のない知識がこちらに蓄積されていくのがまた楽しい。

7巻(岡本健太郎)より
罠にかかった猪を仕留めるときに使えるライフハック
猟の獲物はできる限り食べるようにしていて、調理と食事シーンも多数出てきます。
解体→焼くのシンプル調理がメインですが、タレに漬けてから焼いたり鍋にしたり燻製にしたり、自己責任で生食もあり。
肉の種類もなかなかのラインナップ。なかなかというか、そいつも喰うのか的な。
一般的にも食用とされるカモ・ハト・兎・鹿・猪あたりはともかく、ヒヨドリやキジやヘビは食用としている国や地域もあるので理解できる。しかし普通は食べないと思うカラスやヌートリアもバクバク食べるし、蜂駆除の回ではハチノコを生でパクッ。自然薯を掘ったりセリやクレソンをごっそり摘んだり野草を煮だして茶にしたりと野草もモリモリ食べる。
今は行動範囲に自然の野山が無くて、野草採取すら気軽にできない人が増えています。
街で普通に暮らす人がもうできないこと、やってみたいけど無理だろうなと手を出さずにいることを、それをアッサリとやってしまうことに、シンプルに「スゲーなこのひと」ってなって最後まで読んでしまう。

5巻(岡本健太郎)より
ノビルは酢味噌に付けて食べると美味しい
解体をけっこう詳しく描いています。
エッセイ物によくある簡略気味の描線なので、内臓や骨肉もそこまでリアルではないためグロ感はありません。写実的でないがゆえに分かりやすく描かれています。詳細過ぎるとキツイし、これくらいだと苦手なひとでも抵抗なく読めると思う。
最初のほうでハトを仕留めて処理する回があります。塩を振って焚火で焼くだけ、とかならワイルド猟師なんでしょうが、羽毛が飛ぶからとベランダで羽をむしり、自宅のガスコンロに付いているグリルで焼くところが、普通の生活の中に猟師があるんだなーと思わせます。
2巻で猪の解体が。真面目一辺倒に描くのを避けるためか、マサムネくんが出るたびに笑える構成になっている回です。でも刃物を消毒するところからきちんと描写しており、とても丁寧。同様に3巻では鹿、これも一からきちんと描かれます。なので鳥と四つ足の解体を学ぶなら、まずは本作を読んでおくのがいいかもしれない。これで慣れてから実写に入ろう。
本作はあくまでも食用メインなので、皮革加工も考えるなら罠女子漫画とかも参考にしてみてください。

5巻(岡本健太郎)より
ミシシッピアカミミガメの解体
もちろん食べる
試験場で知り合ったアキくんとマサムネくんは同世代の猟師仲間。この二人とは一緒に行動することも多く、いろいろとやらかしてくれます。
幼いころから猟師になりたかった、獲物解体ができるガレージ持ちの頼れる既婚者アキくん。試験に落ちた(後日合格)実家暮らしで好き嫌いが多くドジっ子気味なマサムネくん。更に自衛隊経験者の赤木さんを交え、4人で肉を喰らうシーンが何度か出てきます。男連中でわいわい言いながら肉にかぶりつくって楽しそう美味しそう!
同世代に限らず、猟師仲間との交流がとても面白いです。
年配猟師さん達に可愛がられているところもよくわかるし、猟師の年齢層の高さも考えさせられる。

6巻(岡本健太郎)より
山中でカフェラテとか言うマサムネくん
シリアスとコミカルが絶妙なバランスで描かれていて、野生の獣は恐ろしいということをしっかり伝え、でも猟免許取得を断念させるほどの恐怖にはならない。命を取ることを考えさせ、かといって意見を押し付けない。
野鳥の会の方と行き交う場面が2巻にありますが、ほんの少しの描写なのに、考え方の違いとお互いの尊重がよく表れています。
猟という行為には賛否両論ありますが、作中では正当化も非難もしていません。等身大の猟師、を読んで感じてください。
続編が1冊あり、魚獲りやソロキャンプをやっています。
もちろん護岸あたりで釣り糸を垂れるようなものではなく、フィンとシュノーケルで潜ってモリで突くタイプ。
ソロキャンプも少々サバイバル寄りで食物は現地調達。本編が気に入った方はぜひこちらもご一緒に。