ひらけ駒!

常に将棋がある、淡々と過ぎる日々


作者 南Q太
巻数 8巻 続刊2巻
あらすじ 菊地宝は小学4年生。将棋の面白さに目覚めてしまい、学童よりも将棋サロンに通い詰め。宝くんに影響を受けて、ママも将棋に惹かれていきます。

 

才能ある小学生と、子がやっているから興味が出てきた初心者の母親、という組み合わせの将棋モノ。そんな親子の日常風景を眺める作品。
作風もあってか、モーニング掲載でしたがあまり青年誌っぽくない。始まったときには「また楽しみな連載が増えた」と思った。
将棋が分かるなら宝くん寄りで、忘れたり知らないのなら菊地母寄りで読んでください。

主人公の宝くんは、将棋に夢中なこと以外はごく普通の小学生。
スポーツはちょっと苦手、宿題はサボりがちでママにしょっちゅう注意されている、バレンタインでチョコを貰ってもあまり気が乗らず、それより将棋のほうが楽しい。今一番好きなこと、やりたいこと、興味のあることは将棋!!
好きなことに入り込んでしまったときの集中力とか、目の前のごはんも忘れて今日の将棋話を続けるところとか、こんな子いるいる。
道場や大会でわいわいしている場面が実に楽しそうで、読んでいてこちらもニコニコします。

引用「ひらけ駒!」3巻(南Q太)より
小学生男子の、さけるチーズの正しい食べ方

宝くんが指す場面は、最初のころは子どもが頑張っているほのぼの感が強く、宝くんの成長に伴い、後に行くにつれ真剣味が増していきます。
5巻の将棋教室対抗戦では、宝くんのチームは予定外の上級クラスで対決することになったためボロボロ。将棋そのものはゲームの一種ではありますが、真剣勝負。勝てないと悔しいよね。
そんな悔しさを、その『負け』から何かを学び成長していく子ども達がとても頼もしい章です。キリキリするような緊迫感よりは、勝負の中でも優しい雰囲気が漂う描き方。

引用「ひらけ駒!」5巻(南Q太)より
勝ちたいよね

その宝くんを見守る菊地母(下の名は明かされず)。
思った以上に将棋にのめり込む宝くんに少々呆れつつも、そんな息子に引っ張られるように将棋ワールドへ入っていきます。
宝くんが勝てばすごーいと一緒に喜び、他の子が強ければ負けるなと激励し、残念な結果であれば優しく包み込む母親である面と、三手詰の本を読みながらめざせ五手詰って小声で呟く、なんとも可愛らしい面を交互に見せてくれます。
2〜3巻で、流れで団体戦に出ることになってしまった菊地母。駒の動かし方を思い出しながら打ったり、棋士にキャーキャー言いつつ大会に出ちゃう。こんな将棋への接し方が一番気楽に楽しめそう。

引用「ひらけ駒!」2巻(南Q太)より
このレベルで大会に出る菊地母と、
指導する水嶋比呂介先生

親子で将棋会館に行ったり古書店で将棋本を探したり、最初は宝くんのお付き合いといった様子だったのに、いつのまにか家の中は将棋グッズが。
本棚は将棋雑誌のバックナンバーや将棋漫画ばかりだし、駒の置き物は増えていくし、カレンダーをめくると羽生さんが出てくる。母のスマホのホーム画面には将棋関連アプリが入っていてネット将棋で勝てずにやきもき、家中が将棋に侵食されている。
宝くんとはまた違う方向で将棋に夢中になっている菊地母が、そのミーハーなハマりっぷりがいかにもな素人っぽくて面白い。
母と子の二人暮らし(父は「いない」とだけ)、ごはんを食べながら『今日の将棋』について話す二人はとても楽しそうで、二人が楽しく気持ちよく過ごせる家なのでしょう。

宝くんが指さず観戦していたり、周囲の人物をクローズアップする場面もいくつかあります。
8巻の小さな章『将棋パパ』。息子が将棋に夢中でパパも将棋に嵌ってしまうという、菊地家の父親バージョン。パパは宝くんと道場で対戦しボロ負け。清々しいほどの負けっぷりらしく、負けた内容を楽しそうに話すくらい。将棋対戦アプリに夢中になって、後日また宝くんに会って刺激を受けています。年少者に影響される大人、というエピソード。
宝くんがまっすぐで、最初のころと比べるととても強くしっかりしてきていることがわかるお話しになっています。

少しシビアな、奨励会やプロ棋士の、水面下で積み上げる努力の山。棋力の違い。
こちらは将棋を生業とする大人たちのシーン、グッとくる場面がいくつもあり、将棋の楽しさ以外のところを垣間見せてくれます。
6巻から登場の女流棋士、ママの新たな先生になる壇レイ子二段が、片桐竜子二段と直接対決する7巻。
幼いころから「将棋しかなかった」片桐二段から見れば、女子力高めのレイ子先生がただ気に入らないのか敵意剥き出し。でもレイ子先生にだって今に至るまでの道のりがある。
宝くんや菊地母が絡まない対戦の描写も多いけれど、この対決が一番ヒリヒリする。見ていて辛く、そして面白い。このヒリヒリする勝負の合間に、他の女流棋士の一戦やや菊地母のカットが入って読者を和ませてくれます。
この和みが無かったらきつい。ほのぼの気味な本作の印象が変わりそうなくらいにヘビーな一戦。

引用「ひらけ駒!」7巻(南Q太)より
片桐VS壇

宝くんは7巻で奨励会の下位団体とでもいうべき研修会に参加します。奨励会に入れるのは一握り。それをどう見守るのか、菊地母も悩んでいます。
宝くんの邪魔になりたくない、励ましたい、力になりたい。むずかしいですね。でもそうやって息子のために悩んでいる、良いお母さんです。

諸事情あったのでしょう、連載は前触れ無く終わってしまい、続刊(9巻)を匂わせながらも出ることはなく、何年か空いたところで掲載媒体も変わり『return』になりました。
内容は本編の続きではなくダイジェスト版。小3の宝が成長し奨励会入りを目指すまでの物語で、宝くんと菊地母以外の登場人物は一新されているし、パラレル的なもの。世界観はあまり変わらずほのぼの将棋小学生モノですが、最後のほうだけちょこっとシリアス。ラスト近くでは社会人になったと思わしき宝くんが登場するので必見。このreturnで、菊地親子の物語は終了したのかな。
宝くんの将棋に対するひたむきさと菊地母の将棋への楽しみ。
常に将棋がある、淡々と過ぎる日々。
ずっとこの世界を読んでいたくて再読してしまう作品です。