重役秘書リナ

秘書の参考書

 
作者 今野いず美 楠木あると
ジャンル 青年 仕事 恋愛
巻数 完全版8巻
あらすじ 丸の内銀行で川村副頭取の秘書として働く成田リナ。いつか頭取秘書になることを目標に、敬愛する副頭取が社内外で滞りなく過ごせるように、日々エレガントにサポートします。

 

M&Aや貸し渋り、店舗の規模縮小などといった銀行ビジネスに、こんなんばかりだったら社内の人間関係で悩まねーよ的な理想の上司と部下。
川村副頭取と秘書のリナ、この二人のやりとりで難題を解決していくというストーリー。
連載が90年代半ば開始なのでバブル崩壊後。景気の悪い話が目立ち、キラキラした服装や調度品にバブルの名残りを感じ、主人公の勤め先である一流都市銀行でもリストラの話が出たりと、あの時代そのままを感じさせます。
当時の社会情勢と、大銀行の幹部の秘書ってこんな感じなんだ、と覗き見させてくれる作品。

主人公の成田リナは『できる秘書』。
担当の川村副頭取から大きな信頼を得ているだけでなく、同僚後輩社外とリナの言動や立居振る舞いに一目置かれるような女性。
美人でスタイルも良くて、そんなリナはひっそりモテているんだけれど、いつか頭取秘書になるというビジョンが最優先、男性とのお付き合いは二の次です。
副頭取が気持ちよく一日を過ごせるよう、少しでも支えになるようにと常に考え続け、上手くサポートするためにはプライベートの時間も厭わずに川村副頭取を支えています。
バブルのあおりを受けたのか、父の会社が倒産した設定。庶民的な暮らしをしている現在のリナですが、家族仲は良く経済的な心配も無さそう。銀行員、それも本店の幹部の秘書なんて、家庭環境もきっちり調査してるはず、入社当時はいいとこのお嬢さんだったのが、所持品や心の声からもわかります。
仕事では観察力と洞察力に優れ、所作や言葉選びが上手で、仕事相手に不快感を与えることはありません。
人を悪く見ることは少なくて、人間関係は受け身でおっとりの印象。これも育ちの良さからか。

引用「重役秘書リナ」8巻
(今野いず美 楠木あると)
こんなこと言われたら部下冥利に尽きる

リナの担当する川村副頭取。
美老人というだけあって、品の良い老紳士の風情。社内では人事関係の最高責任者で、派閥を作らずにいますが孤高ではありません。リナがたまにお出しする甘味にニコニコするところがお可愛らしい。
仕事に対しては真摯で熱く、顧客を蔑ろにせず、人事担当重役という位置からか、できる限り負担なく希望に寄り添える異動となるようにと、一行員に対してもけっこう突っ込んだ調査をすることも。リナが入手した噂話も役立ちます。
ライバルかつ親友の井出副頭取とは学生時代からの友人。序列だと川村副頭取のほうが上で、そのせいか井出副頭取が嫌味な悪役風に描かれることもありますが、でもやっぱり仲良しなだけあって、本当の悪役ではありません。

引用「重役秘書リナ」7巻
(今野いず美 楠木あると)
ライバルでありながら親友の井出と川村
頭髪のボリュームもライバル視される理由だろう

副頭取かつ人事担当重役ということでいろいろなお仕事の話を見ることができます。2~3巻から抜き出してみたところ、
・バブル崩壊の処理に対するマスコミ対応
・関西企業の東京進出でメインバンクの位置を取る
・ベトナムとニューヨークへの赴任者策定
・製造会社の融資依頼をM&Aへ促す
・ゆすり屋の対応
・新頭取の着任
・貸し渋りから融資可能へ、銀行の掌返し
・休職者の新ポジション決定
・製薬会社の合併最中に出た海外からの薬害情報
ざっくりでもこんなにありました。
さらに恋愛話やリナと副頭取のすれちがい、リナの同期話といったものもあり、それが全て川村副頭取のサポートに活きてくるという、他のビジネス漫画には無い流れ。営業部門やバックオフィスにいるなら、担当業務には関係無い回であっても興味深く読めると思います。

引用「重役秘書リナ」4巻
(今野いず美 楠木あると)
東都銀行の羽鳥頭取と川村副頭取、
お互いの信頼や信念を感じる場面

秘書のお仕事もいろいろと紹介されます。お茶出しやお部屋の清掃、来客対応に車の手配、手土産の準備や手紙の処理方法など、全てが気遣いの塊で出来ているような内容。
実は私にも、大手でも銀行でもないのですが秘書経験があります。時代が近いこともあって、確かにレベルは違えどこんなんだったなーと懐かしくもあります。
結局は上司のサポート、滞りなく上司が業務をできるようにするのが秘書のお仕事。これはきっと今の時代でも変わらないでしょうから、秘書の方ならぜひ読むべき内容。

リナの恋愛話も長く続きます。恋愛要素はあまり強くない作品なので、『仕事の話』と『それ以外の話』の『それ以外』に入っているような感じですが。
それでもリナの家族話や同僚・同期の話に比べればボリュームはあり、1巻から最終巻まで続く夏目さんとの関係は少々気になるところ。

副頭取から勧められて見合いをするリナ。
この見合い相手が夏目純一さん。夏目真珠のご子息で次代の社長となる予定の方。
好感はあれど仕事を優先したいからとお断わりしたリナ、その後は仕事の席で見かけたりアドバイスを貰ったりと、好意を持ちつつも良い友人へクラスチェンジと思っていたら、夏目さんはご自身の出世もあってリナに積極的にアタック!
二人の行く末がどうなったのかは最終巻で。

引用「重役秘書リナ」8巻抜粋
(今野いず美 楠木あると)
お母さまとは初対面、
夏目さんと結婚したらこれが姑になるわけだ

秘書仲間も沢山います。
5巻の巻末に『丸の内銀行花の秘書データ』が1頁あって、簡単なプロフィールがリナ含めて6名掲載されています。皆さんハイスペックなのに可愛いオチも付いていて一見の価値あり。
ここでは社内の出世頭を射止めたいのに撃沈続きの畑中さんをクローズアップ。
帰国子女でリナより二つ年上の27歳。後輩の徳大寺さんからは「畑中がちょっと苦手」とプロフィールに書かれてしまう畑中さゆりさん。彼女のビジョンは「出世コースの男性と大恋愛して結婚して重役夫人になる」こと(8巻巻末『重役秘書さゆり』より抜き出し、こちらも必見)。
出世しそうな男性を見つけては必死にアピールしまくるのですが、そのアピール方法がお相手には合わないのかどうにもうまくいかない。しかも畑中さんのターゲットはたまたまリナに好意があったりで、リナは悪くないのですが睨まれがち。
少々意地悪な面も見せますが根っから悪いひとではなく、ちゃんと反省するしリナの働きっぷりは認めるし、素直な人なんだなーと思います。酔うと積極的になりすぎるところはどうにかしてほしいですが、飲むと記憶が飛ぶタイプらしいから無理か。
畑中さんは早いうちから最後まで活躍し続けるので、ぜひ彼女に注目してほしいものです。頑張れさゆり、夢の寿退社を目指して進んでくれ。

引用「重役秘書リナ」6巻抜粋
(今野いず美 楠木あると)
対面から糸くずを取る畑中さん、健気!
ちゃんと反省もする(下左)
が、なかなか結婚はできない(下右)

90年代の作品なので、先に紹介したようにバブル崩壊後という時代感がたっぷりですが、特に時代を感じるエピソードが「待ち合わせに遅れてしまう」という話。外出先で連絡を取るのは難しいのに遅刻してしまうという場面です。
携帯電話は本体も通信料もまだまだ高価、どうしても必要な人が少しずつ持ち始めたころでした。
この「遅れる」というシーンは二度出てきます。ひとつは案内役が居るようなレストラン、もうひとつはデパート入り口という屋外。
レストランはお店に連絡という、今でも使える連絡方法ですが、屋外での待ち合わせはそんなことできない、さあどうするリナ?
このアナログな連絡方法は、新鮮でお洒落にすら見えます。

引用「重役秘書リナ」8巻抜粋
(今野いず美 楠木あると)
機転を利かせた方法で連絡を取ることに

裏表紙には『秘書の目から見た銀行はこんなに面白い』とあります。
銀行の業務と秘書の仕事を分かりやすく説明してくれた傑作、本作は週刊モーニングでビジネス漫画全盛期の連載で、本当に多種多様な作品がありましたが、青年誌の題材で秘書の視点という独特の面白さに、毎週楽しみにしていました。
古くても、秘書の参考書として読み継いでいきたい作品です。