一日三食絶対食べたい
寂しいのに暖かい
作者 久野田ショウ
巻数 3巻
あらすじ 氷河期となった世界。ユキくんは、家族と離れ離れになってしまったリッカさんと同居している。生きていくために働きながら、優しくて穏やかで静かな暮らし。
大洪水に襲われて水没し、その後氷河期を迎えたこの世界。そこで偶然に出会った二人。
大学進学を機に上京していたユキくん。親とはぐれてしまった小さなリッカさんを放っておけなくて、未成年を保護する施設もいっぱいだし、ひとりでいるのは辛い。そんな流れから二人で生活することに。
それから5年ほど経過したところ、のようです。
生き残った人々は残った建物に身を寄せ、自給自足で生活し、旧世界の遺物を掘り起こしてはそれを利用する暮らし。ゆっくりと滅んでいくかのような雰囲気で、でも少しずつ文明を取り戻していく様子が端々に描かれています。
絶対という言葉が入る力強いタイトルと反している、へなちょこユキくん。
知力体力を持たずに口は達者、自己主張はするけれど秀でたモノは何も無い。本人曰く「バカで役立たずで泣き虫でクズ」だそうで。仕事はできないけど一日三食絶対食べたい!という、気持ちいいくらいの清々しいダメっぷり。
このタイトルがユキの『長所』、長所?長所とは??長所の意味を検索してみたんですが、『すぐれているところ。美点』と出ましたよ。
でもまあこれで仕事の面接に通ったんだからいいか。
そんなユキくんと一緒に暮らしている、家でお針子のお仕事をしているリッカさん。
まだ十代前半で、栄養状態もあまり良くないらしくとっても細身。ユキくんと出会ったときは未就学児という幼さ。
手を繋ぐときの、あの手の小ささが心細さをそのまま表しているようで、感情の何かを我慢して震えてしまいそうな泣き顔が、幼児の不安を的確に表現しています。

2巻 ユキくんの手を掴むリッカさんの小さな手
二人の関係は家族。でも夫婦じゃない、恋愛とは少し違う愛情。
一緒に暮らしていてお互いを大事なひとだと思っているけれど、男女の恋愛とするにはリッカさんが幼すぎるし、ユキくんもそうは見ていない様子。
ユキくんがリッカさんに向ける気持ちは父性愛に近く、リッカさんはユキくんに依存している面もあるけれど、親子とは違う。二人は関係を問われると『家族』だと答えます。他人だけど、家族。
本作はリッカさんの成長とともに終わりを迎えますが、作品終了後も続くであろうこの世界の中では、関係性が少し変わるかもしれないと想像する余地がある。そんな余韻が残る締め。
綺麗に終わっているので、続きが読みたいというよりは、同じ世界で違う話が見たい。そんな話ができるのであれば、すみっこに二人が出ていると嬉しいな。
ユキくんのお仕事、面接に通った時点では、リッカさんには「(建物の)中」の仕事に通った、事務員だと言っています。氷河期だからね、屋外の仕事はとっても過酷。過去に怪我しているようで、リッカさんからは外の仕事にダメ出しされています。
でも氷河期前は単なる大学生のユキくん、仕事を選べるようなスキルは無い。なので、マイナス45度の世界で探し物、旧時代の遺物を掘り出すお仕事に就職が決定。あんな長所で通るとは。
そのお仕事、ペアとなったクールなスギタさんに初日の書類作成時点で泣かされる。
といってもユキくんがクズすぎて泣いているだけで、スギタさんが厳しいわけじゃない、いや厳しいひとなんだけど。
あんまりボロボロ泣いているのでチェックしましたが、ほとんどの話で泣いてました。数少ない泣かない話でも落ち込んでいたり失敗していたりと、毎回必ずへなちょこっぷりを見せてくれます。
氷の中から何かを発見したら切り出して持ち帰る。仕事はそれだけなんだけど、どこにでもいるようなサボり野郎なユキくん。
発見したものを勝手にリッカさんへのお土産にしたり(スギタさんに阻まれて失敗)、研究チームに便宜を図るようお願いしたり(へなちょこなので失敗)。
ペアのスギタさんも違う方向のダメ人間なので、ユキくんのサボりに注意はしません。
ビールや露天風呂を作るという、楽しみを創造するような話があるのですが、そのときばかりはユキくんすごい張り切ってるのがほんとダメ。
ユキくんリッカさんと、あとはレギュラーが二人。
まずはユキくんのお仕事仲間、笑顔を見ることができないスギタさん。
常に機嫌が悪く乱暴な物言いで、足癖が悪く何かあれば蹴るし踏む。ユキくんとは発掘調査に行くペアで、あまり真面目に仕事をするわけでもない。発掘したもののいくつかを別チームに持ち込んで買い取ってもらったりと副業もしてる。稼ぎたいというわけじゃないんだけど、他にすることがない。
スギタさんの心残りはレンタルした見ていない映画。

1巻より
ユキくんとスギタさんは最後までこんなかんじ
スギタさんとは逆に、常に笑顔のスズシロさんは植物学者。
発掘チームが持ってきた植物を調べて生産チームに回すのがお仕事というけれど、あまり役立ちそうにないものであっても買い取って個人的に弄ってる。休日は職場で仕事に関係の無い植物をいじってるというマニアなお方。
ビール作りプロジェクトの仕切りをやらされたりして、本作で一番便利なひと。
マネジメントよりも研究したい、だけど仕事だからやらなきゃいけないという真面目。このひとマイナスのスパイラルに入るタイプなのでメンタルが危険。
出てくる人全員、この氷河期となった世界で暮らす人々は、皆どこか寂しさを抱えていて、少し病んだまま生きているように見える。
もう会えないひと、行けない場所、辿り着くはずだった未来。それを心に置いたまま、生きるための作業をしている日々。
毎日楽しく過ごすようにしてみても、取り返しのつかない何かを心に持っているので、どうにもならない。
本作で常に感じる寂しい空気は、きっとこれなんだろう。
リッカさんの笑顔でほっこりしたり、ユキくんのダメっぷりでニヤニヤするけど、そんなときでも寂しい何かが、薄い霧のように作品全体を包んでいる。
でも人物たちの表情は優し気で、温もりを感じさせます。寂しいのに暖かい。
リッカさんが学校に行くようになって、ユキくんと一緒に宿題する回のリッカさんがすごくいい。
山月記が出てきますが、虎から連想してちびくろサンボのバターネタになってくる。リッカさんは虎バターの話も当然知らず、何それ?とユキくんに喰いついてきます。
そんなリッカさんが、この会話で出てきた言葉と笑顔がとても可愛らしいので見て!
それと、この回で牛の発掘をするスギタさん&ユキくんの大変さも見てください。牛も『発掘』しないといけない過酷な世界。

1巻より
ホットケーキを食べ終わった二人の優しい表情
ビールを作る話があります。
氷河期だから熱燗とかのほうがいいんでないかしら、とも思うけど、あれだなやっぱ仕事が終わって皆でジョッキ持って乾杯的なのがいいんだろうな。
いつもべそべそ泣いているユキくんが怒る貴重なシーンがありますが、それよりも設計者(模範的な理系)のダメ出しが怖い。そうだよね全角英数は嫌だし半角スペース入れられると困るし承認してくれないと進まないね。うん全部あなたの言う通りです正しいですこの回みんな読んでほしい。

1巻より
チョロいスズシロさん
それにしてもユキくんはほんと泣き虫弱虫へなちょこの描写ばかりなので、たまーに見せる頑張りシーンで「なんだユキやるじゃん」ってなるのが、ヤンキーがたまに見せるいいひとモードみたいで卑怯。
3巻でグループでの外仕事に出たユキくんが予期せぬトラブルに遭遇し、必死で解決した上に後輩に優しくするエピソードが卑怯の極み。なんだよユキったらなかなかできるヤツじゃん!ってなる。錯覚だから!騙されないで!
でもリッカさんのためならとてもいいひとなユキくん。ひとりになってしまったふたりが寄り添って生きてきた。
そんなふたりが、未来のために離れることを選択する。一緒にいたいけど、でも離れる。
リッカさんの身内らしきひとがいるかもという理由で、ユキくんがリッカさんと一時的に(状況によってはその後も)離れようとするエピソードがあります。ユキくんはただリッカさんに良かれと思い進めた話。
リッカさんはユキくんと離れたくない、一緒にいたいとはっきり意思表示。このときはまだ幼な子のような、手を離してほしくないといった不安な気持ちが見えました。
その後歩む先を決めて、ユキくんの支え無しで進むことにしたリッカさん。もうユキくんの手が無くても歩いていけるくらいになったんだと分かります。ユキくんとは一緒に居たいけど、でもひとりでも進んでみたい。
寂しいけれど、リッカさんの将来のため離れることを選択するふたり。
そんな最終話は全部のページが優しくて。
ユキくんとリッカさんの間にある愛情がとても柔らかい。ラストまで変わらずに寂しさが漂う、なのに暖かい。

3巻より
リッカさんの決めたこと、見守るユキ
3巻オマケの番外編が結構なボリュームなので、ぜひ単行本で読んでほしいです。
1巻には4コマが少し、2巻には読み切りが収録(これもいい話)。
番外編はコミカル寄りで、ユキくんのウザい食べ物関係が中心。ラストの4コマがユキくんほんとウザい。
電書だけどちゃんとカバー下も収録されてます。最後に明かされるのはフルネーム。

1巻より
オマケ4コマ抜粋 ユキくん・・・