猫が西向きゃ

人の思考が日常を変える

 
作者 漆原友紀
巻数 3巻
あらすじ 世界の全ての物質は安定することはなく、些細なきっかけでバランスを崩してしまう。
物質の浮動化、『フロー』と呼ぶ現象が起こる世界。
フローにより12歳の外見となった『ちまちゃん』は、フロー業者でアルバイトをすることに。

 

物の怪や怪異のような不思議話の名作もある作者ですが、そちらに比べると軽めに読める、現代の日常を描く作品。
もちろんただの現代切り取り風景ではなく、“フロー”という現象が存在しています。
SFって何の略か、いくつかの解釈がありますが、本作は“すこしふしぎ”枠に入れたい。

フロー。言葉で説明しづらいのですが、
「人の感情や思考、思念が世界の物質を変化させる」といったところでしょうか。
第一話では、三叉路が七叉路になってしまう。これはとある人物の思考から発生しています。
三叉が七叉にならないかなー、なんて直接的な考えではなくて、『道を決められない』という思考がそうさせる。これが『人起因のフロー』のひとつ。なんて面白い設定。
フローが日常にあるため、そこに住む人々はなんだよフローかよ仕方ないな的な反応だし、
フロー証明書があれば遅刻もナシになる。
このフローの窓口は役所で、実際の処理は委託されたフロー業者。

引用「猫が西向きゃ」(漆原由紀)
1巻より
フロー発生の立て看板と
交通整理をする警察

そのフロー業者でアルバイトを始めた『ちまちゃん』が主人公。
仕事が多めの会社員で、帰りの電車でため息吐いちゃう、少しばかり心がささくれている。
そんな35歳の智万さんは、フローで12歳のころのちまちゃんに。
それまで居た会社は辞めるしかなく、役所にアルバイトを紹介されて働くことになりました。その紹介された場所が『広田フロー』。
中身は35歳のままなので、妙に達観した少女となっています。

広田フローにいるのは、ヒロタさんと猫のしゃちょう。
いつもテキトーで掃除が苦手なヒロタさんは、フロー現象のことをよく知っていて、フロー化がいつ元に戻るかの予測がほぼ当たる。
外見に違わず穏やかで、事務所にいるときは常にだらしなくて、ちまちゃんはいつも何かしらを片付けています。

広田フローの“しゃちょう”は、ここら一帯のボス。
フローに敏感で、しゃちょうのシッポがピンとすれば、そこにはフローがある。
本作は一話ごとに表題が付きますが、全て“the tail…“から始まります。
第一話は“The tail does not always the east.”で、最終話が“The tail is on the other side.”
しゃちょうは裏主人公といった具合でしょうか。

ちまちゃんとヒロタさんとしゃちょうの3人(?)で、巷のフローを解消していくのが本作の流れ。解消する行為は「ほぐす」と表現しています。

引用「猫が西向きゃ」(漆原由紀)
1巻より
広田フロー株式会社の面々

このフロー現象、時代背景が違えば『キツネにつままれた』お話しになりそうな出来事で、
でも現代なので、生活圏に発生したフロー現象に対する人々の対応がなんとも楽しい。
事故や天災に遭遇した感じに近いけれども、そこから悲惨さや悲しみを除いたような事象です。
人起因のフローの場合、その当事者はなかなか気付かずにいて、ヒロタさんやちまちゃんと話しているうちにそれを自覚しフローがほぐれる、そのほぐれるときの、人による違いがまた面白い。
巻き込まれた人にとっては迷惑でしかないのですが、発生したモノによっては周囲の人々を楽しませたりもしています。

引用「猫が西向きゃ」(漆原由紀)
3巻より
冬に発生した蛍と夜店、報道されている

ちまちゃんは、言うなればフロー被害者のような立ち位置。
フローはいつか必ずほぐれる。しかしいつになるかわからない。明日かもしれないし90年後かもしれない。
とても不安定な『フロー』、ちまちゃんのは特にそのようです。
原因は不明のままですが、ちまちゃんの感情の揺れがそうさせているのかな、実年齢35歳のはずなのに、20歳のちまさんが現れたりします。

でも、そのフロー被害者はちまちゃんだけじゃない。ヒロタさんも実は・・・というのが3巻で判明。
しゃちょうと散歩に出かけたまま行方不明となってしまったヒロタさん。というエピソードが最終話にあって、ヒロタさんの謎(謎があったこと自体がこの話で明かされる)がわかります。
1巻で鏡の中の反転パラレルワールドが出てきますが、それに近いようで少し違う。
この最終話では、並行世界がフローによって繋がってしまうといったところでしょうか。
向こうのヒロタさんがいる場所が『広田フロー』じゃないけどそれっぽい名称なところがすごくいい。
そしてどの世界のヒロタさんもテキトーです。

ひとつひとつのエピソードがとても楽しくて読み応えがあり、フローがある隣の世界はこうなってるんだろうな、と思わせる描き方。
1巻の『角が丸くなる』と、2巻の『物干し場がどっか行っちゃう』の二つがお気に入りです。
角丸話では、豆腐の角が丸くなって頭ぶつけても死ねないと笑う豆腐屋とか、包丁の先が丸くなって魚屋が魚をさばけず仕事にならないという状況が楽しい。
この原因のフローがまた、なんでこんなところに繋がっていくのかという面白さ。
物干し場の話は、普通の一軒家の屋上的なところにあった物干し場、それが様々な場所に現れては消えるというシュールな絵面と、そのシュールさに、長く連れ添った夫婦の話を合体させる秀逸な話運びが素晴らしい。

引用「猫が西向きゃ」(漆原由紀)
2巻より
空飛ぶ物干し場

これからも淡々と、フロー業者としての日常が続くという終わり方。
サブキャラの神主さんや警察官とかいい味出しているので、もっと話を膨らませることもできそうですが、綺麗に収まった最終話の後に新エピソードを出しても蛇足にしかならないように思えます。
これは、3巻完結で締め!でよいのでしょう。

人の思考が日常を変える、それがご近所にある世界。
一話完結型で、どの話も暖かさを感じます。
寝床のお供に一話ずつ、といった読み方をおススメしときます。