幾百星霜

作者   雁 須磨子
巻数   4巻
あらすじ 杉内家のお嬢様、敦子さんは女学校に通っています。少々気になるのはご学友の滝千賀子さん。敦子さんをじっ・・・と見つめているかと思えば挨拶は無視。実は千賀子さんはお目が少々お悪くて、背高の敦子さんを目見当にしていらっしゃった。レトロモダンな時代の、女学生の日々。

  

もうね、可愛い可愛い可愛い。
敦子さんも千賀子さんもとっても愛らしい。頭をナデナデナデナデしたくなる可愛らしさ。
お読みになった方ならきっとわかってくださると思うの(敦子さん風に)。
まだ読んでない方は早く読みやがれってんだ(千賀子さん風に)。

時代背景は明治末期。44年頃となっているので、そのころに何があったのかを、世界情勢とか政治経済とかは考えずに見てみたら。
永井荷風が『白樺』を創刊し、柳田國男が『遠野物語』を発表して、江ノ電が開通し、『ツァラトゥストラはかくかたりき』が訳され、タイタニック号が沈没する、といったところでしょうか。
明治は45年7月までで、これ以降は大正時代に。
なので、敦子さんたちは明治から大正に変わるころに女学生として過ごした世代。そうするとお生まれは明治30年ごろかしら。おぉ19世紀。
と、こうやって、ひとつの作品からいろいろ紐解いていくのも楽しい。

主人公の敦子さん。なかなかの家柄のご様子で、この時代に洋風のお住まい、なかなかハイカラでいらっしゃる。寝る前に少女小説を読むのがお気に入りで、つい夜更かしして朝寝坊、お手伝いさんにお小言を言われています。
敦子さんの悩みは、解決しようもない背の高さ。5尺7寸あるそうで約170センチ。当時の女子平均は145から150のようですから、これは確かに悩んでしまうかも。
さらに現代でいうグラマラスな体型。素敵なスタイルなんだけど、明治では規格外になってしまうのでしょう。
気にはしていてもあまり口には出さず、少々気弱だけど心根はとても優しくて、その優しさが美しいお顔立ちに表れているという次第。
明るく朗らかなお母様と頭髪が涼やかなお父様は、少し大人しい敦子さんを決して無理強いせずに後押ししてくださいます。

引用「幾百星霜」1巻(雁須磨子)より
第8話扉 千賀子さん(左)と敦子さん

敦子さんのお友達、お小さくてかわいくてかわいい千賀子さん。
挨拶を無視していたのもただ単に気付かなかっただけで、そこで敦子さんから眼鏡を進められますが、視力の悪さを確認するための敦子さんの言葉が淑やかで可愛らしいので読んでみてください。
黙っていれば「小さくてかわいい」千賀子さんは暴言少女。敦子さんに比べ少々幼いビジュアルに描かれていることもあってか、千賀子さんが口に出す姿はとってもおかわいらしい。
想定以上にズバズバと切り込んで行ってしまうため、敦子さんは何度も顔を赤くし、そして何度も救われました。
この口の悪さを敦子さんは「正直でおやさしい」と表現、敦子さんの優しさがにじみ出ています。

引用「幾百星霜」1巻(雁須磨子)より
千賀子さんの暴言に何かを感じてしまう敦子さん

敦子さんの婚約破棄という出来事が主軸にあります。
破棄は本人の意思ではなく、敦子さんの背高が気に入らない、という保太郎さんのお祖母様による決定。しかしただ破棄されて終わるのではなく、ここからがスタート。
婚約者である火野家の保太郎さんはご自身をふがいないと感じていて、自分はあの可憐で美しい敦子さんには見合わないと思いながら、でも敦子さんを密かにずっと慕っています。
敦子さんから見れば、お小さいころにたまさか会ったばかりの婚約者とはいえど、やはり一抹の寂しさがある。
千賀子さんに破棄の話を漏らしたところ、「顔を見に行こう」となって、この話が動き出すといった次第。
千賀子さんですからもっとひどいお言葉なのですが、絵柄も相まってかその発言ですらおかわいらしい。

元婚約者となってしまった保太郎さん。
確かに敦子さんよりお小さいのですが、敦子さんは「ほんとうに小さ男(ちいさお)な方だったら・・・」と柔らかな表現をしています。綺麗な言葉。
この、くよくよと思い悩んでいるのは、まだ敦子さんが今の保太郎さんに会う前。
幼いころにお会いしているのですが、そのときは保太郎さんの顔に包帯が巻かれており、それ以来一度も会っていないので、敦子さんは保太郎さんのお顔も知りません。
なのでいろんな思いだけが先走り、敦子さんと千賀子さんがカフェーで延々と続ける、その先走ったおしゃべりが、保太郎さんのお姉さまである鷹子さんの耳に入るというね。
鷹子さんはそのカフェーで働いているので当然ですが。

引用「幾百星霜」1巻(雁須磨子)より
保太郎さんの性格がにじみ出るセリフ

その鷹子さんはいろいろと引っ掻き回す役どころ。
初登場は凛々しい男装姿で、弟をいじり祖母を嫌い結婚を控えているというなかなかの強キャラ。
ばばあ呼ばわりするお祖母様に薙刀で追いかけられたりしています。
ばば…いえお祖母様の放った桶の水を二次災害で被ってしまった敦子さんと千賀子さん。そのお二人の前に涼しい顔でちょん、と座ってご挨拶するという、肝の据わったうら若き女性。
敦子&千賀子より目立つシーンも出てきてしまうのですが、ギリギリのところで主役を喰わずにいます。弟は姉にいじくられるものであるゆえに、保太郎さんは姉に振り回される日々。

敦子さんと千賀子さんの、歩いた跡にお花が咲いてキラキラしていそうなおかわいらしいお二人。
勝気な鷹子さんと内気な保太郎さんという火野姉弟。
敦子さんのご両親、保太郎さんの友人、鷹子さんの同僚と婚約者などなど、若い人の日々は眩しくて短くて、どこを取っても愉しくてかわいくて、その一瞬を切り取って残したような、本当に素敵な作品です。

本作を区切ってみると
・保太郎さんに会いに行こう
・保太郎さんが女中の玉代と?
・野球を見に行こう
・かどわかし
の4編になります。

最初の「会いに行こう」は事件性は少なく、登場人物のお披露目とでもいうような内容。これからのエピソードに繋がる出来事というよりは、お二人のかわいらしさや保太郎さんの心持ちがよくわかるようにできています。

玉代編では鷹子さんの気位の高さが見えて素敵だし、探偵ごっこのようなお二人がとっても可愛らしい。
保太郎さんは敦子さんをずっと慕っているのですが、大きな家だといろいろとありますし、武士の家系である火野家の跡取り男子ですからね。というところでごちゃごちゃとしてくる話。

野球編では保太郎さんの学友、臭い宮武さんが出てきます。すっごーく臭いらしい。敦子さんはくさやを思い出しているくらいだから、なかなかのものではないかしら。
敦子さんが女ずもうに誘われてショックを受けるのもここ。このくだりがとても敦子さんらしく、ご本人は大変なお気持ちなんでしょうが、なんて可愛いのかしらと思うような言動の連続なので必見。
草食動物のような保太郎さんと相反するバンカラな見た目の宮武さんが大活躍。
ただただ楽しく、お二人の可愛らしさを凝縮したようなこの野球編、大好き。

引用「幾百星霜」2巻(雁須磨子)より
野球観戦中のうら若き乙女たち

かどわかし編では雰囲気が変わり、鷹子さんが中心。
カフェーの同僚と婚約者も絡んできて、物憂げな鷹子さんのシーンがとても多く、スリルとサスペンス、アンモラル的な表現があったり、暗く重いイメージが出てきたりとハラハラします。
そんな中での清涼剤が臭い宮武さんなのでご注視ください。
他にも『スミレの花をにつめた飴』とか、なんて女学生なんでしょう的な小物も出てきます。
敦子さんや千賀子さんの恋心とか、もうさぁかわいいんだよもう!!

引用「幾百星霜」3巻(雁須磨子)より
鷹子さんのデイトの身支度を待つ宮武さんと保太郎さん

ラスト4巻の『番外編・温泉雑談』がとっても素敵なので、連載を読んだ方でもぜひ単行本を読んでいただきたい。本作のかわいらしさとコミカルさが凝縮されています。
とにかく可愛いがぎゅぎゅっと詰め込まれた4冊。
もっと続きが読みたい作品ですが、この短さだからこそ良いのかもしれない。

これを読んで思い出しいたのは中勘助の『銀の匙』。
話が似ているのではないですが、空気感が近いとでもいうか。
執筆時期も作品設定時期と合致するので、興味があればぜひどうぞ。