影武者徳川家康

戦国IF物最高峰クラス

作者   隆慶一郎 會川昇 原哲夫
巻数   4巻
あらすじ 関ヶ原の合戦で徳川家康は死んでいた!影武者の世良田二郎三郎元信は、家康の末期の頼みを聞き、徳川のためにと家康に成り代わる。一時的なものと思っていたが・・・

 

実は家康が影武者だったら?という歴史のIFを見事に仕立てた作品。
この影武者説はけっこう昔からあったようですが作品としてメジャーになったのはこのコミカライズ版。
原作は大坂夏の陣後まで書かれますが、本作は秀忠へ家督を譲る前までとなります。史実の家督譲渡は1605年なので、まだ関ヶ原の戦後処理中。そんな短い期間だけをどう盛り上げるのかしら?って、それがコミカライズ版での見せどころ。影武者のその後が気になる方は原作まで手を出すことになります、ご注意。
いや原作あってこその本作ですし、原作はそりゃもう文句無しに面白いんで上中下巻を休日使って一気読みしてください。でも個人的にはコミカライズでも最後まで読みたかった。

作風がアレですから、ごっつい殿方と麗しい美女がバンバン出てくる。家康は、俗に言われるタヌキ風ではなく凛々しい男性。本作ではチョイ役でしかない信長・秀吉を始め、他の有名武将は一般的なイメージ通り。
モブは、世紀末救世主伝説に出てくるようなひとたちが時代に合った服装髪型で出てきて、それらしいヒールっぷりやひでぶ感のあるシーンを見せてくれます。

引用「影武者徳川家康」3巻より
 本能寺後の、伊賀越えの家康一行を襲う野盗。史実を踏まえてモヒカンやトゲトゲ肩パッドはありません

主人公は、家康の影武者であり『家康』となる世良田次郎三郎元信。
本作内では二郎三郎と呼称され、開始時はまだ若い野武士。
伊勢長島の一向一揆(本願寺と信長の合戦)で本願寺側に付き、作品内では二郎三郎が織田側の武将をバンバン倒す。
歴史上でもこのときに信長の身内がけっこう討死していますが、これは全て二郎三郎の手柄ということに。鉄砲扱いが上手い設定。この伊勢長島の際に本田正信と盟友の間柄に。これが全ての始まりとなるわけで。

さて影武者になるつもりのない二郎三郎ですが、しかし本田正信&忠勝の手はずで、会う気もなかった家康と対面することに。ここで家康に心酔し影武者へ転身。これが関ヶ原の約10年前。
顔や体格といった外見は瓜二つだけど、日常動作や発言等は日々の積み重ねと努力の賜物。もちろん知識も同様で、影武者としてほぼ完璧。あくまでも影武者としてですが。
そしてほんの少しの隙、パーフェクトではなかった部分を暗殺者に見抜かれるという、大失態を犯すことになるのです。

引用「影武者徳川家康」1巻より
二郎三郎の焦り 所詮影武者、陣頭指揮の経験は当然無い

さて時は流れて関ヶ原。ここで家康がいきなり暗殺。
小早川が寝返る前という早い時間帯に実行されてしまい、東軍不利とも見られる布陣のまま。この時点で家康死亡が知られると、東軍の士気は当然下がるし勝ち目は無くなる。そこでこの事実は隠されることに→二郎三郎の入れ替わり、となるわけ。
その場で知った者は、お供以外には本田忠勝のみ。
本多忠勝と言えば、深く厚い尊敬の念を家康に抱いていることはご存知のとおり。
その忠勝が、家康の亡骸を打ち据えるという行動に出ます。
もちろん死を隠すためのことだし、このおかげでバレずに済んだのですが、このときの忠勝の心情たるや、想像するだけでも血涙モノ。
他にもいろいろありましたが、なんとかその場ではバレずに戦を終えることができました。

引用「影武者徳川家康」1巻より抜粋
忠勝は本当はそれほど大柄ではないらしいが、存在感がそうさせてくれない

ここでちょこっと関ヶ原を雑におさらい。詳細は諸説あるのでテキトーに。
秀吉亡き後、豊臣政権を支える大名たちの中には家康もいました。
だけど秀吉が決めたことを家康が守らないもんだから豊臣ラブの三成はイライラ。家康ってば秀吉様の跡継ぎ、秀頼様も蔑ろにしてない?と、豊臣の危機かとハラハラ。
お堅い三成は、豊臣の武断派(脳筋連中)とも対立気味で、秀吉の元で一緒に過ごした仲間内からも三成ウゼェって空気が流れていました。
そんな状況のときに、家康は上杉の越後に行くため大軍で大阪を出ちゃう。チャンスだってことで、三成は豊臣を守るために徳川を討伐すると宣言したよ。
でも秀吉の取立で出世しただけの三成に比べ、家柄も良く経験豊富で老練な家康(当時50代後半)。三成ではなかなか人も集まらないので、家康VS三成という構図ですが、西軍大将は毛利輝元に。形だけ、みたいな大将なので、関ヶ原には行っていません。
さて決戦当日。東軍は大将が現場に居るのに西軍は不在、という差は大きいし、戦経験の差や根回し裏切りなどで、結局は短時間で東軍の圧勝。
でも東西とも『豊臣のため』という戦いなので、どちらが勝っても豊臣の基盤は揺るがない。・・・はずでした。その後の豊臣についてはご存知の通り。
作中では『秀吉亡き後に次の天下を狙う』と、「家康が」という文こそないもののバッチリ描かれています。

関ヶ原が終わって次のターンへ。
元の自分に戻ろうと考えていた二郎三郎。合戦の場ではなんとか家康として振る舞うこともできた。東軍も勝ち、家康は亡くなったので影武者は不要。これ以上は徳川に義理も無い。
しかし徳川から見たとき、家康という存在は、そのときどうしても必要でした。
関ヶ原に遅参した息子の秀忠には、周囲の武将の手前、戦後処理を任せるわけにはいかず、かといって他にできる者もいない。
家康の求心力はとても強く、徳川の威光を使うには家康が必須。とてもじゃないけど家康死亡は公にできない。徳川の威光を使うには、この時点では家康が絶対に必要。
忠勝の気持ちに心を打たれるという出来事や、盟友本田正信との対話。そこで『家康』となる二郎三郎、自由を貴ぶ自身の気持ちに封をして、徳川のためのみならず、日の本のため立ち上がる。男の決心が描かれます。

決心したところでまた難問が。それは女。
本妻はすでにいませんが、側室は山盛りという状況。それはもう側室ですから、違いはモロにわかっちゃうもんですし。どうしても血生臭い時代を描く中、女トラブルのあたりは綺麗処がいっぱいで目の保養。

関ヶ原戦のあたりで家康に寵愛されている側室、お梶の方。お梶の方は史実でも存在していて、その逸話も作中に描かれています。
当時の女性の記録はとても少ないため、それだけに隙間スカスカなので盛り込みやすい。作中では出世欲が強い女性として描かれ、そして風魔忍者のくノ一を子飼いしているというなかなかのステキ設定。
ここでは阿茶の局と呼ばれる聡明な側室と手を組み、この難所を乗り越えました。他にも側室は幾人か出てきますが、二郎三郎が愛したのはお梶ただ一人で、お梶もそれに応えます。
しかし『家康』として他の側室を捨てることはできず、愛に苦しむ様も。

引用「影武者徳川家康」
お梶(2巻より)、彼女の子飼いである風魔くノ一衆(3巻より) みんな美女

『家康』が影武者と知るのは、徳川四天王の他には本田正信などの側近、小姓一人とと口取り一人(馬の世話係)、それから側室、そして秀忠。
しかしまだその事実を知る者が。それは『家康』を亡き者にした張本人とその一味。
この暗殺者は、三成の親友的な位置にいる島左近、その左近の部下・甲斐の六郎。武田忍びの末裔とのことで。
島左近はお気に入りだったのか、外伝では左近が主人公となるし、実際に大柄との記録があるようですが、作中トップのナイスバルクです。

この島左近組とチーム家康は、手を組むことに。
家康殺害の張本人と徳川方がという超展開ですが、理由は秀忠。
島左近の主君は、秀吉が亡き今は息子の秀頼となります。しかし戦後も豊臣を主とした家康と違い、秀頼を蔑ろにする秀忠。このまま家康が引退し秀忠が将軍となったとき、豊臣が危ない!
ということで、影武者と承知の上で『家康』二郎三郎の元に参じるといった具合。
左近と三成の厚い友情も語られますが、詳しくは外伝をご覧ください。

引用「影武者徳川家康」4巻より
負傷した島左近を背負い崖を登る六郎。ファイトー!いっぱあーつ!
左近は気絶しただけなのでご安心ください

対する秀忠組ですが、この漫画版、とにかく秀忠が悪役として秀逸。残虐で頭が回らず小物っぷりが酷く、なかなかのキャラになっています。
世紀末救世主伝説の悪者たちなら改心して散っていったりもしますが、二代目将軍なので家康より先にどうこうなるはずもありません。
腹心は柳生宗矩。彼は、史実では家康に付き、関ヶ原後に秀忠の剣術指南役となり、三代将軍家光の元でバーンと出世しますね。
この二人は、承認欲求が強いけど詰めが甘くて炎上しちゃうみたいな、そんな描かれ方。
オレオレオレが将軍になるんだオレが名を馳せるんだと前に出たがるんだけど、大小様々な失敗をしたり周囲がドン引きしたり、といった有様。
史実を踏まえている本作ですから、ほっといても秀忠は将軍になるわけです。だけど「オレ様が影武者に指図されるのが気に喰わないんだぜぇ~」「オレのほうが(影武者の)家康より優れているって大名や家臣団に分からせてやるぜ」ってやつ。
たまに「俺には将軍の器がないのかもしれない」と反省することもあるのがかわいい。
しかし基本的には残虐非道に描かれ、『父の家康』をどうにかしようと奮闘するように描かれます。

「影武者徳川家康」3巻より
良い秀忠、悪い秀忠、福島正則に一発カマされた後の秀忠

史実をベースにした作品、特に戦国時代のものはとても多いですが、ものすごく雑に分けると、歴史に忠実に作っていくものと、本作のようなIF物とに分かれます。
どちらも軸として誰か一人(又は家系等)をクローズアップして進んで行くことは同じですが、忠実な作品は、史実Aと史実Bの隙間を上手に繋げて空白を埋めたり、立場をできるだけ正確に表します。
IF物は、何かドカンと大きなフィクションがあって、AとBの隙間に嘘の裏付けを突っ込んだり、その立ち位置を利用して嘘に厚みを持たせるよう設定しています。

本作は当然『影武者の入れ替わり』という強烈なフィクション設定がある。
そのために、いくつもの隙間や立場を、その嘘に添わせるようにエピソードを入れていく。
戦後にとある城へゆっくりと移動したという記録がありますが、それを、影武者であることがバレないためバレたくないためにとしていたり。本田正信は史実でも秀忠の側近ですが、これも二郎三郎へ情報を流しやすくするという理由にしたり。江戸の大火事ですら、秀忠の無能から来るものとしておき実際は・・・等と、お見事。

歴史改変はせずにフィクションで繋げていく、数多ある戦国IF物。
その中でも本作は最高峰クラス。
説明書きも随所にあるので戦国に詳しくなくても読めますが、あくまでもIF物なので、史実の関ヶ原前後をある程度履修している方ならより楽しく読めるはず。
実写、見てみたいなぁ~。だいぶ前にあったようですが、またやってくれないかな。