国民クイズ

日本国憲法第12章104条

作者   杉元怜一、加藤伸吉
巻数   上下2巻
あらすじ 憲法で定められた国民クイズ。クイズで勝ち上がった者は、カネ・モノ・ヒト、どんな欲望も叶えられる。司会者として絶大な人気を誇るK井K一は、クイズを憎みK井を憎むテロ一味に襲われる。

   

   

だいぶ尖った作品で、今ならメジャー誌連載は無理じゃないかと思わせる表現が端々に。だからこそ面白い。

日本国憲法は11章103条までありますが、12章104条に『国民クイズ-国民クイズの地位』が制定され、国民クイズは全ての上に立つ力だと位置付けられる。
クイズの勝者はどんな望みも叶う。いったい誰が叶えるのか?そりゃー憲法にあるんだもの、国が叶えます。
世界トップの国力を持つ日本なので、望みが海外絡みであっても実行部隊が力技で押し切り、
勝者の欲望を叶えていく。という世界。

国民クイズは日本政府と国民クイズ省(という省がある)の制作で、毎週生放送。
その番組一回分を全44話のうち初回から8話まで描写し、
世界観とクイズの強烈さを余すところなく説明しています。

フィクションらしさ満載かつ説得力のあるクイズの設定。
目標点を取得すれば勝者となり欲望が叶うというシンプルなものではあるけれど、
でも願いは人それぞれだし、出場者の年齢も様々なので学力や知識の蓄積にも差がある。
ペット探しも殺人も欲望だけど、それにかける予算や労力は違うもんね。
なので願いを数値化したもの(難易度等から算出か?)と本人のIQから、勝者になるための目標点がそれぞれ表示されるといった具合。

引用「国民クイズ」上巻
(杉元怜一 加藤伸吉)より
いろんな望みがある

放送時には予選通過者500人がスタジオに集められています。
彼らにはまず百問のクイズが出題、これは全問正解しなくちゃならない。
その後には回答がサイコロの出目、という超難関の『ふるい落としクイズ』にチャレンジ。
なんとかクリアした者だけが最終戦に進めます。知識も運も必要。

ラストステージは、
『ここに進んだ挑戦者の人数分だけ出題される』
『出題前に賭け点を設定する(無制限)』
『正解すれば賭けた点数を取得』
『不正解や他の人に答えられてしまったら賭け点がマイナス』
『最終問題終了時に目標点に到達していれば勝者』
というルール。
6人通過していれば出題は6問。
自分の必要点が一万点だとしたら、賭け点を一万に設定して一問正解すれば通過するけれど、
答えられなかったらマイナス一万点になっちゃう。
賭け点を5千点にしたら、二問正解しないと敗者になってしまう。
なんで賭け点を刻むことができるのか、細かく設定する必要があるのか?
それは、敗者はマイナス点によってランクが異なる『戦犯』扱いとなるのです。
大それた欲望を持ち敗者となった者は、マイナスも大きくなっちゃうのでA級戦犯扱い。
どんなものでも叶えられるんだから、それに応じたリスクも必要だもの。
勝者となった者の望みは『賞与』と呼ばれ、それを受け取るという形です。

TV番組なのでCMも入る、これがなかなか強烈な風刺満載。
企業CMは無く、国家のアピール、国民への伝達とでもいうべき内容になっています。
日本の国力は世界一イイィになっているので、日本にへつらう外国首脳連のCMもある。
年金が宝くじのような抽選になったりしていて、国家のありようがだいぶ違います。
(● CMの一部 厚生省(上段)、農林水産省・郵政省(中段)、アメリカ(下段))

引用「国民クイズ」上巻
(杉元怜一 加藤伸吉)より
CMの一部 厚生省(上段)
農林水産省・郵政省(中段)
アメリカ(下段)

合格者のその後を流す映像も見どころのひとつ。
見事勝者となり賞与を取得したひとがどうなったか、欲望をどのように叶えたのか、
そりゃー知りたい、どんな望みでも叶えるんだもの。
そう、『どんなものでも』ですから、血生臭い場面もあります。
国民クイズは国家が運営しているので、公務員の立場である人々が実行のため動きます。
実行部隊、SS隊の村越隊長。国民からとてもとても恐れられている存在。
『実行』の強引さを見れば、もしあの部隊が自分に向いたら?と思うと怖いに決まってる。
それでもやっぱり「他人の不幸は面白い」から、村越隊長の指揮で国民は盛り上がるわけです。

クイズの進行と同時に、空母と森下局長の描写があります。海外派兵局なるものがあるらしい。
彼もまた国家のため、そして国民クイズの決定のために艦を進めているのです。
勝者の希望に沿った賞与を出さないといけないからね。
それが他国への進撃であればそのとおりにするのです、おお怖い。
森下局長の活躍は14話でたっぷり見られます。アメリカ上陸しちゃうんすよ。

引用「国民クイズ」上巻
(杉元怜一 加藤伸吉)より
村越SS隊長(上)
森下海外派兵局長(下)

こんなクイズなので最終戦に進む人数は回によって変わりますが、
でも国家の操作が入っているのは確実で、
最終戦に進むであろう者の望みを先回りして準備していたりと裏でなにやらありそうな。

引用「国民クイズ」上巻
(杉元怜一 加藤伸吉)より
エッフェル塔の買収に向かうシーン
右下が司会者のK井K一とM田A子

こんなかんじで8話まで進み、やっと放送が終わってから次は裏側の設定へ。
8話までにちょこちょこと挟まれていた謎の描写も少しずつ説明されます。
ダークだけどカラっとしたクイズの描写から一転して、9話以降は重苦しい雰囲気。
その闇ときたら、村越隊長が出たとき以上にぞわぞわしてくる。

主人公はK井K一という、クイズの司会者。
前髪がくるんとしている以外は単なる中年のおじさん。
美形というわけでもなく、スマートというよりはヒョロガリといった風情。
冒頭と番組終了後の扱いで、K井が囚人だとわかります。
どうも司会は刑務作業のようなものみたい。
彼は望んだわけではなく司会者という位置にいるのですが、
この位置ゆえに特殊な状況に巻き込まれていくわけです。

引用「国民クイズ」上巻
(杉元怜一 加藤伸吉)より
K井K一の煽りで盛り上がる国民

国民クイズ体制に反対する若きテロリスト達が早くから出ていますが、
当然のように彼らの行動は失敗。今後は国から逃げ続けるしかありません。
このテロリスト達と、K井の家族と、国民クイズ体制側の国、謎の女性と佐渡島共和国、
そしてK井。複雑に絡み合う様が上巻で描かれ、下巻はさらにカオスな状態へ。

下巻は、上巻よりもさらにキツイ描写が満載。
上巻だけでも結構アレな表現だらけですけれど、下巻は負のお祭り騒ぎとでもいうような状況で、
ここからいろいろな方向に持っていくことは可能でしょうが、作風からしてもこのオチがベスト。
このあたりはちょこっと紹介してもネタバレだらけになってしまうので避けますが、
ぜひ最後まで読んで、ラストのコマを見ていただきたい。

引用「国民クイズ」下巻
(杉元怜一 加藤伸吉)より
獄間沢幸之助(左)
巨大コンピュータ「シゲオ」(右)
 実は両方とも一コマ一ページの大ゴマ

空母やロケットには芸能人の名が付いていたり、扉に有名画家の画風を取り入れていたり、
細かなところを丁寧に拾っていくと、
特殊な設定と強い絵柄も相まって、読んでいて頭が痺れます(褒めてる)。

この作品は原作と作画で分かれていますが、どちらも強烈な個性の持ち主。
下巻の、集団が手に負えないという状況になったあたり。あれをどう文章で表現したのか、
それをどう解釈してこのような漫画表現に仕立てたのか。頭の中を見てみたい。
両者とも寡作のためなかなか入手は難しいですが、本作品なら大丈夫。
紙版はわかりませんが、電書でサクッと手に入れてみて。
ただし上下巻で約900ページあります、なかなかのボリューム。
私は過去に紙の通常版を持っていましたが古さもあって処分しており、
電書で新たに入手しました。この復刻上下巻では作者お二方の言葉も掲載されています。

あの時代だから許されたであろう描写。
全体主義とした(であろう)国家の表現や、それに対立する旧体制なテロリストなど、
これを今の時代に同じ形で発表するのは難しいでしょう。
だからこそ、沢山の人の目に触れてほしい作品です。