その女、ジルバ
アラフォーとブラジル移民と戦後の女性
作者 有間しのぶ
巻数 5巻
あらすじ アラフォーの新(あらた)は売り子から倉庫勤務に回され、将来を不安に思いつつも毎日をただ生きている。フラッと入り込んだ呑み屋街で見つけたホステス募集の張り紙、時給の高さに惹かれて働くことに。そこは自分が居てもいい場所だった。人生のベテランが集う『OLD JACK&ROSE』。新はそこで、戦争の爪痕を知ることになる。
最初はアラフォーが生きていくための場所を見つける話かと思うじゃない?それがさー戦中戦後の話、ましてやブラジル移民の話に飛ぶとは思わず読んでいてびっくり。それが読まれている理由のひとつでもあるんだろうけれど、すごい展開(褒めている)。
もともと作者の作品は群像劇が多いので、複数の話が並行して動いていく。登場人物の数だけストーリーがあるのはむしろ丁寧とも言える。
今回は、メインと言える女性が3人。それ以外の話はメインに寄り添うようなサブストーリーとして極力抑え、主役級を引き立てるようになっている。いつものように、ひとりひとりにそれぞれのエピソードはあるけれど、突出せずに小さな山で終わらせています。
脇役にライトが当たりすぎてもいけない。特に今回は主軸がブレると台無しになるから、上手い引き算。

『OLD JACK&ROSE』の女性陣 下段が現在
メインの3名とは、1人は新。彼女が本作の主人公。
アラフォーで、仕事に将来性も見いだせず、ダブルワークでホステスなんかやってみちゃったりして。店ではアララと呼ばれ、美味しい料理に愉快な仲間、人柄の良いお客様に囲まれて過ごすうちに、新しい自分を見出した。
ふと思ったのは、この店はどのような経緯でここにこうしてあるのか。初代ママのジルバ、福島出身でブラジル移民。写真でしか知らない女性に思いを馳せる新。新はジルバを思い、今はもう居ないジルバの思い出話が人々から出てくるようになります。
彼女がメインの2人目、ブラジル移民の辛さと戦後の日本を経験した女性。
ブラジル移民については私は殆ど知らず、『輝ける碧き空の下で』を読んだくらいです。
小説で知識というのもおこがましいですが、綿密な取材で実際の経験を元に作られた話とのことで。悲惨としか言いようがない展開で、一気に読んでしまった覚えが。胸が熱く、涙が止まらなくなる作品です。
ジルバはまだ幼なかったので初期の苦労は感じずに済んだようですが、戦争に巻き込まれて帰国するところで大変な目に会い、帰国後暫くは、ただ不幸に飲み込まれた女へ変貌しています。そこからどう立ち直って明るく弾けるような顔を表に出す女性になったのかは不明のまま。
これは、ジルバはすでに亡く、あくまでも「他人が見たジルバ」を新が聞くという形で進んで行くからです。他人が見ていないジルバについては誰もわからない。
ジルバを知る人がそれぞれに持つ「自分の知るジルバ」が、ぽつぽつと新のもとに集まっていき、ブラジルで暮らした人が偶然に知った、ジルバの身内の話まで聞くことができます。
写真でしか知らないジルバ、新聞記事の切り抜きに小さく写るだけのジルバが、新の中で生き生きと動いていきます。

帰国したジルバ
そのジルバから二代目ママをまかされたのがくじらママ。瞬きのたびにバッサバサと、毛虫と見まごう付け睫毛を施し、ボリュームのあるドレスと体型を持つゴージャスなママ。
ただの派手好きなおばあさん?そうじゃない、苦労に苦労を重ねて今やっと幸せになった女性。彼女が3人目のメインキャラ。
くじらママは生粋の日本人ですが、顔立ちが派手だったためか戦中戦後の日本では目立つ存在。そんなところが引っかかり、悪い男達に利用され、水商売で名を上げていきます。戦後の女性、しかも独り身ってのは相当な苦労だったんじゃないかな。
ジルバとの出会いで転機が訪れ、ジルバと一緒の店で働くことに。
そんなくじらママの若かりし頃の思い出は、暗い沼のような、底の見えない深い闇を持っています。
ママから見れば若くてまだまだこれからの新。彼女の明るさに引き寄せられるかのように、くじらママはゆっくりと、新に過去を吐露していきます。

アララ(新)と話すくじらママ
ジルバとの違いは、くじらママは新と直接会話していること。
他人の思いが介在していない、くじらママ本人の生きた言葉であること。
なので新は、ダイレクトに話を聞いてしまったがゆえに、くじらママとの関係が壊れないか心配する場面があります。こんなに深い話を聞いた自分を、くじらママは今までと同じように接することができるのか?と。
誰にも言えずにいた辛い過去だもの、やっと口に出すことができたママ、自分に対する態度が変わってしまっても仕方ない。
他人の気持ちを慮ることができる新、心根が良い女性なんですね。もちろん杞憂に終わりますが、新の成長がわかるシーンです。
最初は、自分の居場所が決まらずにフラフラしていた独身女って風情の新ですが、いつの間にやら芯がしっかりとしてきて、ここに根付いたんだなとわかります。
アラフォーになっても成長する、人は変われるんだなと、フィクションから学ばされる。
ブラジル移民と戦後の話は、ブラジルで暮らした白浜さんという男性、そしてくじらママの二人の語りを中心に進んで行きます。この二人が中盤からのストーリーテラー。二人が話しているときの新は聞き手に回り、二人のとても重い話をただ受け止めます。
3巻の後半あたりがすごい闇。日本敗戦後の移民たちがどれほどの苦労、地獄の中に居たのか。そして戦後の身寄りが無い女たちは、大変な苦労もしたけれどそれだけじゃなかったことも。辛い中でも楽しいことや良いことがあった。だから今、こうして立っている。
アラフォー女の話からはだいぶ遠くなりますが、ちゃんと戻ってくるので安心して読み進めてください。
でもラストは駆け足っぽく感じてしまう、私だけかな。
サブキャラで一番好きな話は、ひなぎくさん。
彼女の美しい桜の思い出。若かりし頃の、これほどに素敵な記憶を胸に持っている。それだけで生きていける。あれほどの鮮烈な、大切で優しい記憶。そんな思い出を持つことに、羨ましくすらあります。
そして新が絡む好きな話は、常連客とダンスを踊るところの、お客様のセリフです。

そうだ服がいけない
老女達の生きてきた話が一人ずつ重くて、重いのに本人たちはもうそこを抜けてきている。そんな明るさを楽しむ作品でもあります。重い話はじっくりと、楽しい話はニヤニヤしながら、腰を据えて読みたい。
同僚のUターンや久しぶりの恋愛、そして新の家族の話もゆっくりと前に進んでいきます。
あとね、そこかしこに出てくる料理が、レシピ無くても簡単に作れてすっごく美味しそうなの。
『チーズと明太子しこんでカリッと焼いた油揚げのネギ塩ソース添え(2巻)』を作らなくては。
登場人物全員が明るさと強さを持ち、年齢を重ねても上を向いている。
こんな心持ちのおばあさんになりたいな。